付箋1枚分の、やさしさについて

付箋2 こころのケアと生き方

ひとりになって、最初にやってきたのは
悲しみではなく、書類でした。

1枚の付箋

付箋

会社の各部署から、封筒が毎日届きました。

締切、提出先、必要な証明書の種類。

途方に暮れながら、仕事に行く前にポストへ投函する。差し戻しがくる。また訂正して、また出す。

誰もいなくなった家の中で、
ペンの音だけが静かに響いていました。

そのなかで、ある部署の書類だけが違いました。
締切が近いものから順番にクリアファイルに整理されていて、区役所で取得が必要なものの一覧まで作ってある。

そして毎回、小さな付箋が1枚。

「ここの修正をお願いします。後は何も問題なかったことを申し添えておきます」

「期限があることですが、少し休みはとれておられますか」

顔も知らない人です。

それでも、その1枚がどれだけ沁みたか。

心配と、興味本位は、ちがう

雲

一方で、顔見知りや親戚からよく聞かれたのは、
夫の病名、最期の様子、お金のこと、ローンのこと。

「かわいそうな人」「わたしは耐えられない」
「すぐ健康診断に行かせたわよ」

これ全部、当時わたしが実際に受け取った言葉です。

(そう感じるのも、無理はないと思っています)

顔も知らないあの人は、書類の向こう側のわたしの生活を想像してくれた。

一方の顔見知りは、わたしの悲しみを覗き見したかっただけだった。

その差が、じわじわとわかってきました。

いろんな人たち

ひとのおもちゃ

それ以来、人の言動に「あれ?」と思うときは、
まずその人の背景を考えるようにしました。

何かあるんだろうな、と。

答え合わせはだいたいあとからやってきて、
「ああ、そういうことだったのか」と合点がいく。
だいたいそういう結末になっています。

答えたくないことを聞かれたときは、
沈黙が一番です。
感情的になっても疲れるだけなので。

それでもやっぱり苦手になってしまう人はいます。そんなときは、その人のちょっとおかしいところをこっそり探して、心の中でニヤッとしています。

(寝癖が変とか。あまり性格はよくないかもですが)

結局のところ、
いろんな人がいていいんだと思います。

そしてたぶん、わたしも誰かにとっての
「いろんな人」のひとりです。

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