先日、ガラスの茶器を落として割ってしまいました。
床の破片を拾いながら、ふいに姑の声を思い出しました。
「これでひとつ、厄が落ちたのよ!」
だからこそ「そうか、よかった」と素直に思えた。 彼女は正直な人でした。
嫁姑の関係に悩んだ、長い年月

姑が亡くなって、3年になります。
3回忌を前に、ようやく落ち着いて 振り返られるようになってきました。
結婚当初からずっと、穏やかとは言えない関係でした。
どうすればよかったのだろう、と いまもふと考えることがあります。
姑はおしゃれで、苛烈な人生を生きた人でした

姑はとてもおしゃれな人でした。
ネイルサロンのない時代に自分で爪を整え、 華やかな香水を好んでいました。
幼いころに実母を亡くし、継母に育てられ、 他県の大学へ進学して舅と出会い、結婚。
以来、生涯ただの一度も ふるさとへ帰ることがありませんでした。
舅はほぼ家を空け、 男の子3人をひとりで育てました。
「妻の役割は、夫が帰りたくなる家庭をつくること」
よく口にしていた言葉です。
嫁の自分には、姑の孤独が見えていなかった

衣装合わせの日のことは、いまでも覚えています。
何度ドレスを替えても姑は納得せず、 その表情から気づきました。
ドレスではなく、わたし自身が気に入らないのだ、と。
姑に対しては何をすれば合格なのか、 最後まで見当もつきませんでした。
遺品整理で、初めて気づいた姑の背景

姑の遺品のアルバムに、子どものころの写真は 一枚もありませんでした。
この人は、自分だけを愛してくれる誰かを ずっと渇望していたのかもしれない。
頼りにしてきた長男が結婚で去り、 そこへ現れたのが、何も知らず 幸せそうに微笑んでいる嫁のわたしでした。
どんなドレスを着ていても、許せなかったんでしょうね。
姑の「適当カレー」は、まだ再現できない

カレーを作るたびに、姑のことを思い出します。
「適当に、スパイス多めにするのがコツ」
ハーブティーのティーバッグを破いて加えるような 独特のカレーでしたが、いつ食べても美味しかった。
まだ再現できていません。
嫁姑の関係の、終わり方

わたしも、あのころの姑と同じ年になりました。
関係はいつか終わります。 終わったからこそ、静かに振り返れるのかもしれません。
「ヘタだったのはわたくし」
茨木のり子の詩の一文が、 いまも胸に残っています。
そしてもし生まれ変わりがあるなら、次は嫁姑ではなく、もっといい縁で会えたらと思います。




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