今、疲れているあなたへ

もし今、疲れ果てていて、献立を考えることも、外へ出ることも億劫に感じているなら。
かつてのわたしも、そうでした。
自分のために料理をつくる気には、とてもなれませんでした。お惣菜やお弁当を買って帰る日々が続いていました。
ある日、いつものようにスーパーで惣菜を手に取ろうとしたとき、目が留まったのは、立派な梨でした。
一個、五百円ほど。
「お弁当を買ったほうが一食分浮く」と、とっさに頭の中でそろばんをはじいていました。でも、ふと気づいたのです。旬のものを、今しか買えないものを、手に取ることすら面倒になっている自分に。
梨をカゴに入れました。果物を買うのが、いつぶりのことか思い出せないほどでした。
帰って、十分に冷やして、皮を丁寧に剥く。手のひらに伝わる、ざらりとした皮の感触。剥いたそばから滲む、みずみずしさ。
一口、かじってみる。
口いっぱいに果汁が広がって、おいしくて、なんだか泣けてきました。
自分が、果物の中でいちばん梨が好きだったことを、食べて思い出す。
もし料理が億劫なら、まずは好きな果物をひとつ、食べてみませんか。それだけで、何かが少し変わるかもしれません。
食後に果物があると、季節を感じられて、食卓がほんのすこし特別になります。わたしにとって果物は、自分へのちいさなご褒美です。
自分のために

ひとりになって
当時、自分のために料理をする気になれませんでした。
スーパーへ行くと、夫の好物が目に入る。それがつらかったのかもしれません。
「買ったほうが安いし」と言い訳しながら、お惣菜を買う日々が続きました。
でも、それにもすぐ飽きてしまいました。
口にするものを適当にしていると、生活全体がどうでもよくなっていく。ついには、自分に価値がないような気持ちになってくる。不思議なことですが、それが正直なところでした。
食べたもので身体はつくられている。そんなことを、しみじみ実感するようになりました。
ひとりごはん
そこから少しずつ、自分が食べたいものをスーパーで探すようになりました。
昔習ったレシピを引っ張り出し、ひとり分に工夫してつくる。肉じゃがの残りは翌日カレーに。ひとりごはんは、意外と変幻自在です。
今はYouTubeにも、おひとりさま向けの料理チャンネルがたくさんあって助かっています。
最近は、休日に職場のお弁当を3日分まとめてつくり、冷凍するようになりました。おかげで、朝の時間が少しゆっくりになりました。
夕食は、ありあわせで。一人分なので、あっという間につくれます。
無理はしないけれど、できれば毎日同じものを食べないよう、心がけています。
(ジャンクフードが食べたい夜は、遠慮なく楽しんでいます。)
考えてみれば、料理はいつもわたしの足場になってくれていました。
わたしにとっての料理
料理はその土地に馴染む手段
料理が好きでした、というより、料理に助けてもらった、というほうが正確かもしれません。
夫はよく転勤がありました。転勤先のたびに、その土地の料理教室に通っていました。
食事のあとのおたのしみ
習ってきた料理を、解説つきで夫に出すのが楽しみでした。
その土地ならではの食材、味付け、由来を、ちょっと得意げに説明する。夫は大げさにうなずきながら、なんでもおいしそうに食べてくれました。その顔が、嬉しかったのです。
わたしが料理を好きになったのは、夫に好き嫌いがなかったからかもしれません。
夫は食事の終わりになると、必ず言いました。「なにか果物はないの?」
だからいつも用意していました。
食器を下げて、季節の果物をふたりで静かにいただく、なんでもない時間。
どこまでも楽しく生きることが上手な人だったなと、今もそう思います。




コメント