「あなたはあなた、わたしはわたし」── 居場所は自分で決める、50代未亡人の6年間

水晶玉 こころのケアと生き方

夫が亡くなり、六年が過ぎました。

今もふとした瞬間に思います。ワインオープナーを探すために台所の引き出しを開けるとき、風呂場のシェーバーを置いていた棚をみるとき。夫はここにいた、と。

悲しいとか寂しいとか、そういう感情ではなくて。ただ「いた」という事実が、静かに息をしている感じがします。

立ち直れなくて、いいんだと思う

鳥

ネットでこんな書き込みを見かけました。

「夫と死別して三年が経ちますが、まだ立ち直れません」

そこに誰かがこう答えていました。
「悲しみとは向き合って、否定しないようにしましょう。怪我と同じです、痛むのなら、薬を塗って安静にしましょう」

この言葉を、しばらくじっと見ていました。

別のスレッドには、十二年経った方がこう書いていました。
「毎日泣くことはなくなりましたが、心にはぽっかり穴が空いたままです」

十二年。それでも穴は塞がらない。

でも、読んでいてなぜかほっとしたんです。
塞がらなくていい、と誰かに言ってもらえた気がして。

「帰ってきなさい」という声

コーヒー

夫が死んで間もない頃、実家の両親から言われました。
「帰ってきなさい」と。

父は当然のように、母は感情的に。
女がひとりで暮らすことへの不安と、善意とが入り混じった言葉だったと思います。

でも、わたしには帰れなかった。
帰りたくなかった、というほうが正確かもしれません。

ここは夫と一緒に選んだ家です。床の色も、廊下の電球の色も、夫がいたときのまま。実家に帰ったら、その記憶ごとどこかに置いてきてしまう気がしました。

「おかしい」と言われて

線路

母はこう言いました。
「女が自由に生きるなんておかしい」

おかしい、かあ。

怒るわけでもなく、傷つくわけでもなく、ただその言葉を手のなかでくるくると転がしていました。

わたしたちは同じ言葉を話しているのに、違う世界に住んでいる。価値観というのはそれほど深いところに根を張っているんだな、と思いました。

根が違えば、同じ水をやっても同じ花は咲かない。
どちらかが正しくて、どちらかが間違っている、という話でもない。

「静かな平行線」なんだと思うようにしました。

石垣りんの「表札」

詩人の石垣りんはこう書いています。

「自分の住むところには 自分で表札を出すにかぎる。」

精神の在り場所も、誰かに表札をかけられてはいけない、と彼女は言う。病院の名札も、焼き場の扉の札も、誰かに貼られる名前ではなく、自分が選び取った名前で在りたい、と。

「それでよい。」

この潔さが好きです。
自分が自分であることへの、静かな確信。

わたしもそう言えるようになるまで、ここまでかかりました。

あなたのペースで、あなたの場所へ

ソファ

大切な人を亡くしたあと、どこに居場所を置くかを誰かに決めさせなくていいと思っています。

帰るべき場所も、立ち直るべき時期も、悲しむべき期間も。
誰かが「そろそろ」と言っても、「あなたのため」と言っても、あなたのペースがある。あなたの心の地図がある。

六年経ったいまも、わたしはこの家に住んでいます。
夫はもうないけれど、台所の引き出しの中はまだ同じ。

そのことが、なんとなく、わたしの背中を支えている気がします。

あなたはあなたでいい。
わたしはわたしでいい。

それだけが、いつも変わらないことです。

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