元日、ひとりで映画館へ──「PERFECT DAYS」が教えてくれたこと

木漏れ日 健康・暮らしとお金

おひとりさまになって、最初の正月がやってきたとき。

わたしは、お雑煮を作る気にもなれませんでした。

お正月というのは、誰かと一緒にいることを前提にした時間なのだと、そのとき初めて気づきました。

冬の境内はしんと冷え、掃き目の残る砂がまだ誰にも踏まれていない。しばらくすると、初詣の参道を歩く人たちの、きれいめの服と楽しそうな声。子どもたちの笑顔。

一年の始まりを思わせるものを見るたびに、胸が痛くなりました。今年もよろしくね、と言いた人が、もういないのだと確認させられるから。

しばらく、その場に立っていました。

悲しいというより、腑に落ちる感覚でした。ああ、正月というのはこういうものだったのか、と。あの人がいたから、気づかなかっただけで。

早々に参拝を済ませて、神社を出ました。

こっそりと決めたこと

映画館

数年が経ち、わたしは元日にすることができました。
親戚への挨拶と初詣を早めに済ませて、こっそりと映画館へ行く。

「こっそり」というのはおかしな言葉ですが、本当に誰にも言っていません。元日から一人で映画館に行く人は変わり者だと思われそうで、ずっと内緒にしてきました。

映画館の元日は、静かです。薄暗い客席に、それぞれの人がそれぞれの用事で座っている。誰も、わたしのことを見ていない。それが、ずいぶんと楽でした。

毎月1日は料金が安くなります。元日は特にガラガラで、隣を気にせず観られるくらいです。コロナの頃に思いついたのがきっかけで、それ以来の恒例行事になりました。

ある元日に観た映画

perfect‐days

ある元日に観たのは、ヴィム・ヴェンダース監督の「PERFECT DAYS」でした。役所広司さんがカンヌ映画祭で主演男優賞を獲った作品です。

役所広司さんが演じるのは、東京のトイレの清掃員・平山。毎朝同じ時刻に目を覚まし、植木に水をやり、仕事へ出かける。銭湯で体を洗い、小さなアパートで眠る。
ただ、それだけの話です。

なのに、スクリーンから目が離せませんでした。

平山は、木漏れ日を写真に撮ります。光と影の揺らめきを、何十枚も。おなじ場所に、おなじ朝が来る。それを厭きることなく受け取れること。それが、生きることの静かな豊かさなのかもしれないと思いました。

帰り道に、夫のことを考えました。あの人も、朝のコーヒーをとても大切にしていたな、と。

映画の中の静謐さをもう一度感じたくて、2週間後にまた観に行きました。

人と関わることが、つらくなったとき

ドア

大切な人を亡くしてから、人と関わるのがつらくなることがあります。これは、わたしだけではないようです。

「外見は普通に見えるのに、心はボロボロ。わかってもらえないのが一番つらい」という声も聞きます。外から見てわからない悲しみを抱えたまま、笑って話している人が、どれほどいるか。

「慣れるまで3年、周囲のことが気にならなくなるまで6年かかった」と語る人もいました。

急かされることはない、と思います。泣きたいときに泣いていい。悲しむことも、亡くなった人と心がつながっている時間なのだから。

それでも、小さな一歩

水

ただ、ずっと同じ場所にいると、考えが淀んでくる気もします。きれいな水も、動かないと濁るように。

だから、ときどき外に出る。映画館でも、図書館でも、近所のカフェでも。誰とも話さなくていい場所で、ひとりでいる。それだけでいい。

少しずつ元気になった人から、外に出ていくようになる。そんな気がしています。

次の元日も、また何かを観ようと思っています。
あなたにも、そんな小さな楽しみが、ひとつくらいあったらいいなと思います。

 

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