悲しみが人を遠ざけるとき ― 失っても壊れない関係のつくり方

こども こころのケアと生き方

悲しみのあとにも、壊れそうで壊れないものが、きっとあるはず
[悲しみを比べない]
それぞれがそれぞれの場所で、耐えながら、生きている
そして、そんな日々の中に、少しずつ「笑い」が戻ってくると信じています

 

大切な人を失ったあと、なぜか人間関係までぎくしゃくしてしまう。

そんな経験をしたことはありませんか?

家族や親戚の間で、思いがけないすれ違いが生まれることがあります。

でも、それは「誰かが悪い」からではなく、それぞれが悲しみに耐えている証だと思います。

悲しみの順位づけを手放す

水

夫を亡くしたわたし。

子どもにとっては父であり、義父母にとっては初めての子ども、兄弟にとっては血を分けた家族。

それぞれの立場に「かけがえのない喪失」があります。

だからこそ、人は「自分こそが一番悲しい」と思ってしまう。

けれど、悲しみに優劣などありません。

その気持ちがすれ違いを生み、怒りや距離となって現れるのだと思います。

子どもを“代わり”にしない勇気

くま

夜の静けさに、どうしようもない孤独を感じる。

そんなとき、話し相手に子どもを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
でも、子どももまた深い悲しみを抱えています。

わたしの寂しさを埋めるために、子どもの人生を巻き込まないようにしなくては。

夫の代わりは、誰にもできない。

その現実を受け止めることが、前に進む第一歩だと心に決めました。

悲しみを“味わう”ということ

さみしさ

悲しみをまずは、ひとりで受け止める。

眠れなくても、食欲がなくても、「生きること」に集中する。

ただ、眠れない日々が続いたら、専門家の力を借りてもいい。

心療内科や精神科、カウンセリングは決して弱さの証ではありません。

話を聞いてもらうことで、心は少しずつ整っていきます。

専門家に話すことの意味

医者

AIは優しく寄り添ってくれるけれど、人の痛みに“距離を取りながら”接することはできません。

カウンセラーや精神科医は、俯瞰的な視点から現実的な言葉をくれます。

耳の痛い意見の中にも、心を立て直すヒントがある。

プロフェッショナルの力を借りることは、前を向くための選択です。

遺族外来というもうひとつの選択

相談

病院から勧められた遺族外来。

当時のわたしには、同じ体験をした人の悲しみを、受け止める余裕がなく行けませんでした。

でも、今思えば、あの時こそ話す場が必要だったのかもしれません。

心療内科が合わないと思う人は、遺族外来という形で、“同じ痛みを知る人たちと繋がる”方法もあります。

くだらないことの中に、希望がある

風船

悲しみの渦中にいると、笑うことすら罪悪感に思えるかもしれません。

でも、くだらない話にこそ救いがあります。

好きな芸人さんの動画を見て笑ったり、

子どもと他愛ない会話をしたり、夫と過ごした日々も、そんな「くだらない時間」が宝物でした。

星野源さんの曲のように、「くだらないの中に」こそ、人生の輝きがあると思っています。

 

まとめ

山

悲しみは人それぞれ、形も深さも違います。

誰かと比べず、焦らず、ゆっくりと受け止めることで、
失っても壊れない関係が少しずつ戻ってきます。

やがて、亡き人が残してくれたものに気づく日がきっと来ると信じています。

 

コメント