七回忌を前に、夫の書斎をひとりで片付けました。何をどこに頼んで、いくらかかったか——そういう実用的な記録は、別の記事(前編・後編)に書きました。
ここには、そこに書ききれなかった気持ちの方を、書いておこうと思います。
書斎は、夫が生きている証だった

病気でだんだんと自由を奪われ、終わりへの恐怖が増していくなか、夫はふらりと書斎に行くことがありました。
そこには、健康だった頃の夫がいました。どこにでも行けたパスポートとスーツケース。積み上げた研究の成果。美しい響きのギター。書斎は夫が生きているという証であり、夫を慰める場所だったのだと思います。
だからわたしは、夫が亡くなったあとも、長いあいだその部屋に入れませんでした。
人は死ねば、ゴミになるのか

「人は死ねばゴミになる」という本を書いた人がいます(伊藤栄樹氏)。衝撃的なタイトルですが、読めば筆者の凄みが伝わってきます。若くして亡くなった金子哲雄氏は、著書「僕の死に方」によれば、奥様を案じて、残した物はハードディスク2台のみ。徹底的に人生の後片付けをした方でした。
死に方は生きざまと同じ、といいます。その人が残した物は、その人を表すのだと思います。
浅ましさと、反省と

膨大な物をひとつずつ処分しながら、夫を深く偲びました。ついでに腰痛とも戦いました。「お金にならなくていいんだから」と言いながら、査定の日には金額が気になってしまう自分の浅ましさを諌めたりもしました。
夫の生い立ちのアルバムをめくりながら、義母がどれだけ大切に夫を育てたかを知り、もうあちら側にいる義母に、理解が足りなかったなあと反省しました。
「変わったのは君の方なんじゃない?」

引き出しの奥から、新婚の頃にお互いが交わした、気恥ずかしくなるようなカードが出てきました。夫は大事に保管していたのです。
読み返すと、「結婚生活で変わったのは君の方なんじゃない?」と、なかなか痛いところを突いてきます。
夫からの、最後の贈り物

夫を構成してきた物たちを手放し、がらんどうになった書斎で、少しだけ泣きました。
それから思ったのです。さあ、これからは今の自分のために、大事に時間を使おう。
切なさと、深い感謝と、未来への希望。それが夫からの贈り物でした。物はなくなっても、夫とはこれからも一緒に歩んでいくのだと思います。
ただ、わたしはできるだけ物を少なくして生活していこうと、固く誓いました(笑)。




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